一度もスーツを着なかった。
一度もハイヒールを履かなかった。
少しも頭を使わなかったし、一言も将来の話をしなかった。
かわりに毎日ビーチサンダルを履いてバイクに乗り、毎日サーフィンをして、
毎日夕日を見ながらビールを飲んで、毎日歌い、踊った。
そして毎晩夜が更けてくると、褐色の逞しい体をした男に抱かれて、寝た。
そこではあたしは何も持っていない、ただの馬鹿な女だったけれど、
あんなに人生を楽しむってことの意味を実感した事なんてなかった。
東京でのあたしは、人が羨むたくさんの物を持っていて、
いつもいつも、苦しいのに全てを持ち運んでは、戦いつづけている。
全部捨てちゃえばきっと楽なのにね、なんて
毎日思ってはいても、手に入れるために払った犠牲が大きすぎて捨てることができない。
捨てることが出来ないならば、手に入れるってことはきっとそんなにいいことでも、ない。
荷物はこれから増える一方で。
全て捨てて手に入るものは、楽園での生活。
眠る男の横で朝日を見ながら、なんだかとても久しぶりに、泣きたいような気分になった。