将太の手には冷たい手錠がはめられている。
『夢じゃない』
不安と孤独感が将太に押し寄せる。
留置所出の長い生活が始まった。
留置所の生活は、退屈そのものだった。
取り調べ以外の時間は何も無い部屋でひたすら時間が過ぎるのを待つ。
面会も喋る相手もいない。孤独が将太をさらに苦しめた。
たまに喋るのは看守の山崎ただひとりだった。
山崎は将太と喋る時には、菓子パンを必ず持って来てくれた。
何故、将太に関わるのか…
将太には山崎もほかの大人と同じに見えていた。
ある日、将太は山崎にパンの事を聞いてみた。
『なんで、俺にだけこんなにしてくれるですか？』
山崎は、『フゥー』っとため息をついて話始めた。
『俺の嫁は、子宮癌になって…子供が産めんのや。』
『癌が分かったんは１８年前やねんけど最近また再発しよってな…』
『最初の癌に気付く前に妊娠しとってな、病院に行ったら…子宮癌やって言われてな…』
『だから子供がおったら、将太ぐらいやなって思ってな…』
『偶然か分からんけど、嫁と決めとった名前も将太やったんや』
『だから余計に他人の子供じゃないみたいでな…』
将太は喋り続ける山崎の事をじっと見つめながら真剣に話を聞いた。
刑事の話すら上の空なのに…
将太は初めて大人の話を真剣に聞いていた。
山崎との出会いが将太にとって立ち直りのきっかけになっていく。
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