深夜1時。
藍野カナは内川亜里へ渡す、可愛い編みぐるみを製作していた指をピタリと止めた。
…視線?
ふと、ほんのすこし空いたリビングの扉を見る。
が、もちろん誰もいるはずはなく真っ暗な影が亀裂のように存在するだけ
…亀裂のように、なんて妙な例えね。
明日のホワイトデーに間に合うよう、水色と黄色の小さな熊を仕上げる作業に戻りながらカナは苦笑した
少しでも亜里ちゃんが喜んでくれたらいいけど。
今日の亜里はずっと元気そうだった。
天気がいいから、って微笑んだ亜里を想うと天気を操れない自分に怒りさえ感じる。
もしもこのプレゼントで亜里ちゃんが笑ってくれたら…。
亜里ちゃんが笑ってくれるならなんだってする。
あの日。
忘れられないクリスマスの合唱発表会。
カナは少しだけピアノを習っていたという理由で伴奏に推薦されてしまった。
習ったのはほんの一年間だったのに。
推薦したのは同じ教室に通っていた子で、自分に降りかからないように手を打ったとしか思えなかった。
躓(つまず)く度に怒られて、もう辞めたい、コンクールの日に休んでやりたい…そう思った学校の帰り道…
亜里を見た。
その時から既に休みがちで、大して事情も知らなかったから気にかけることもなかったけれど、亜里の真剣な眼に足が止まった。
何をしてるんだろ?
亜里は眩い太陽を見つめて…ポロポロ泣いていた
夕暮れに染まる、公園へと続く散歩道。
亜里はカナに見られていることなどお構い無しに子供のように声をあげて泣いていた。
びっくりして声を掛けたら、亜里は両目に涙をいっぱい溜めて
「私、死んじゃうんだ」
そう言って、顔を覆った
後で聞いたら、あれは病院の帰りで…初めて病名が明かされた日だったらしい。
ショックの反動で悲しみをぶちまけてしまった事を後悔しているかのように亜里はその後、カナに話しかける事はなかったけれど…コンクール前日に亜里は学校を休み、それから二度とくる事はなくなった。
逃げ出すことなく最後まで伴奏を全うしたカナは迷い捲った挙げ句、クリスマスを一週間過ぎた頃初めて亜里を見舞ったのだった。
そして今に至る。
それまで親友のいなかったカナに、初めて大事な友達が出来た。
「できた!」
思い出に浸りつつ熊の編みぐるみを両手に包んだ瞬間
闇が訪れた。