敵方から正体を隠すため、山田虎之助と名乗った結城兵庫ノ介である。
後ろ向きに手裏剣を放り、『寿』の一字を的にかたどって野次馬達を唸らせた後、本来の流儀である野太刀の技を演武する事にした。
次なる技の披露の前に、兵庫ノ介は目星をつけていた着流し姿の浪人に声を掛けていった。
「やぁ!そこなご浪人! それがしにちと手を貸して下さらんかな?」
「拙者にござるか?…」
「いかにも。 貴殿は大きいゆえ、的にし易かろうと思うてな」
人だかりの中、頭ひとつ飛び出ていた着流しの浪人は、衆目を一斉に浴び、多少戸惑ったていであった。
が、さすが武士の端くれ、兵庫ノ介のあざける口調にすかさず反応した。
「うぬぬ!… 拙者を愚弄(ぐろう)致すか!
この河西陣十郎、事によりてはタダでは済まさぬ!」
「ほほぅ、その意気じゃ。それでこそ我が秘太刀の見せ場も出来ようもの。
伍助!太刀を持ていっ!」
「へェ!これに」
兵庫ノ介に呼ばれた伍助じいが小走りに掲げながら運んできたのは、五尺(150センチ強)はあろうかと云う長大な陣太刀であった。
「振れっこねェだろが!」
と、間髪入れず野次が飛ぶ。
「いやいやいや、これぞまさしく秘伝の技にござってな。
本日御覧になられた方々は、曾孫(ひまご)の代まで語りつがれるが宜しかろうて」
兵庫ノ介の切り返しに、野次馬達の間からワッと笑い声が起こる。
恐ろしく時代掛かった代物の登場に、くだんの浪人河西陣十郎は、怒りも忘れ魂を抜かれた様な顔で突っ立っていた。
「しからば参り申す!」
ひと声掛けた兵庫ノ介は、タタッと陣太刀に駆け寄りざま、気合いと共に宙へ躍り上がる勢いで、伍助の捧げ持つ陣太刀を一気にスッパ抜いた。
相手役にされた浪人、河西の運命やいかに?……
次回。