老人ホーム「楽天園」の前にひろがる、4月の海は、まるで巨大な宝石のように、キラキラト、かがやいている。
おだやかな春の光が、ふりそそぐ「楽天園」の庭で、車いすに座った老人か、ぼんやりと、まぶしい海を見下ろしていた。老人の名前は金城忠男。「楽天園」で暮らすようになってから、今年で五回目の春を向かえていた。「ねえ、金城さん。さむくない?」
車いすの横にすわっていた、介護士の安田友樹が優しく声をかけた。
でも、金城老人の表情は、かわらなかった。友樹が、そこにいることさえも。わからないようすで、さっきから、じっと海を見つめたままだ。
「寒かったら部屋につれていくわよ」
「…………」
反応のない老人を気づかって、友樹は話しかけた。
「あのね。あたし。一年のうちでらか、春が一番好きなの。金城さんは?」
「………」
「だって、ほら、春って、生き物たちが、みんなそろって、元気になる季節でしょ。そう思わない?」
「………」
「金城さんだって、元気にならなくちゃね」
「………」
友樹は、ゆっくりと腰をあげて。くるりと車いすの向きをかえた。
「ほんとに、どうしたのかしら。この1ヶ月で、なんだか、急に病気が悪くなったみたいで……」
車いすをおろしながら、ため息まじりに、つぶやいた。
ふたりの頭の上を、小鳥たちが、にぎやかに鳴きながら、飛んでいった。
友樹が、小鳥たちの声につられるように、まぶしい空を見上げた時だ。金城老人の口もとに、かすかに笑みが浮かんでいた。
もちろん、介護士の安田友樹は、そのことに気づくはずもなかった。