さようなら パパ
さようなら ライ
さようなら ダーリン
さようなら みなさん
どうにもならない
壮絶な痛みは
私の思考も気持ちも全てを麻痺させた。
あんなに憎んだ母親を、今は微かな意識の中で尊敬する。
私の人生は
神に見放されていた。
9歳の時、両親が離婚して母親は私を捨てて家を出て行った。
甘えたい時期に甘える相手を失った私は、クマのぬいぐるみ「ライ」を抱いて帰りの遅い父親を待った。
父親は母親が出て行った日からおかしくなっていた。私を避けるようになり、毎晩酒を浴びる様に飲んでは私にこう言った「クソッ、お前を見てるとアイツを思い出す…何でアイツはお前を置いてったんだ。」と。
どんなに暴言を吐かれても、9歳の私には父親が必要で父親に愛を求めた。
だから毎晩遅くまで父親の帰りを待った。あの日までは…。
その日、私は10歳になった。
プレゼントもケーキもない誕生日は初めてだった。
何よりも誕生日なのに「おめでとう」を言ってくれる人がいないのが悲しい。
いつもの様に、ライを抱いて父親を待つ。
もしかしたら、ケーキを持って帰って来るかもしれない。いつかの優しい父親の笑顔を思い浮かべ、私は淡い期待を抱き健気にドアを見つめた。
時計の長い針が12を過ぎた頃、父親が帰ってきた。
父親はいつになく優しい笑顔だった。「あぁやっぱりパパは私を愛してくれていたんだ」ライを投げ捨て父親に抱き付こうと駆け寄った時、父親の手には期待していたケーキではなくイヤらしい位絡みあった細く白い手があった。
「こんばんは」そう言ったその人からは、プンプンと甘い香水の匂いが漂っていて、見た感じ父親より10歳は若かった。
「オマエまだ起きてたのかよ」父親はそう言うと、キャッキャッと猿の様にはしゃぐ女と寝室へ消えた。
「私の誕生日覚えてないんだ」
私は悲しくてライをギュッと抱いて布団に潜った。なかなか寝付けないのは、誕生日を忘れられた悲しみと父親の寝室から女の気持ち悪い喘ぎ声が聞えるからだった。
…つづく…