声をかけてきたのは、吉原桃子だった。
美穂とは正反対の存在。
発達した胸とお尻、それを強調する派手なファッション。舌足らずなしゃべり方…。
ほとんどの男は吉原桃子を見ると、目のやり場に困るだろうが必ず振り返って見てしまう。
美穂は吉原桃子とはハローワークで知り合った。
「ねぇ、火を貸してくれない?」それが美穂が彼女と初対面で言われた言葉だった。
タバコを指で挟んでくるくる回しながら桃子は言った。
美穂はタバコは吸わない。普通そういうのって、タバコ吸ってる人とか吸ってそうな人に頼むものじゃない?
何でワタシに言うのよ…?
美穂は自分の対極に住む女に少々イラっときた。
そしてバッグからジッポのライターを出して桃子に貸した。
学生時代、片想いの男にプレゼントしようと買ったのだが、結局渡せず未だに持っていたものだ。
美穂にとって、他人へ自分が積極的に干渉しようとした最後の記念品だ。
時々、オイルをさしてちゃんと使えるようにしていた。
これは、自分が社会性を失わない為の儀式に近いものだ。
この時、桃子を無視すれば良かった。
なぜライターを貸してしまったのか?美穂にはわからない。気まぐれだった。
桃子は機関車のように煙を吐き、礼を言ってライターを返した。
そして立ち去ろうとする美穂に、機関銃のように話始めた。
美穂は後悔した。
桃子の声は大きく、派手な容姿は人目を引く。
周りの視線に耐えきれず、美穂は桃子を喫茶店に誘った。
後悔は深まる一方だが、この女は無視する方が疲れる。仕方がなかった。