「ライターもマッチも持っていない。そちらの女性に聞いてみたら?」
遼一は、桃子に美穂を見て素っ気なく答える。
「えぇ〜、そうなんだぁ。」くねくねと桃子が近づく。
その声にいつもと違う響きを美穂は感じた。
自分の魅力に気が付かないのか?とでも言いたげだ。イラついているのかも。
遼一は、真っ直ぐな視線で桃子を見据えて言う。
「そうだ。」
深い声だ。哀しみ、喜び、あらゆる感情を含み、それらを超越した響きだ。
威張っていない。媚びていない。渋い声だと美穂は思った。
何だかドキドキする。こういう人、好きかも…。
立ち去ろうとする遼一に美穂は声をかけた。
「今にも降りそうですね」
見ず知らずの男に声をかけるなんて、美穂にとっては大冒険だ。たとえ挨拶がわりの言葉でも。
「うん…。そうだね」桃子に向けたものと同じ視線で遼一は言う。
しかし、桃子の時よりも声が優しい感じがした。気のせいかしら…。
美穂は何だか少し嬉しくなった。
桃子に初めて女としてアドバンテージを取った気がする。
「私達ぃ、これからぁ、そこの喫茶店で、お茶するんだけどぉ〜、一緒にどう?」
逆ナン?なんて図々しいんだろう…しかし今回ばかりはナイスだ。と美穂は思った。
多分断られるだろう。軽い男には見えない。歳は三十歳を超えたくらいか…。
美穂の想像は膨らむ。この男ともう少し一緒にいたい。
「あぁ、知り合いだったの…?」
遼一は意外にもOKした。
「雨も降りそうだしね」そう付け加えた。桃子ではなく美穂を見て。
美穂は顔が赤くなるのを感じた。