ダラス ―闇の窓口
ホワイトリカーというバーが人知れぬ場所で蔦に埋もれてぼんやりとネオンを燈している。
新規の客も不思議と多く、10ドル払って15分位で皆早々と店を出て行く。
エバァンストリオ以外のジャズは滅多に流れない。
コースターの裏に対価に見合う暗号が走り書きしてある場合、モスコミュール一杯に1000万ドル払う客もいる。
このバーが開戦の口火を切らせた戦争で、十万人を殺した事もあれば二千万人を救った事もある。
つまり、ここにしか情報を流さない黒幕がいるのだ。
店はオーナー1人。過去のウォール街にその名を刻んだ元剛腕トレーダーであったが、巨額インサイダー取引の火消しをかって出て司法で禁固130年を喰らうも、3日で秘密裏に釈放された。
下院の金庫番が裏で国家予算を袖下にしてこの一件を改ざんしたのだ。
事件翌日には各社報道がピタリと止んだから、それは相当額である。
代わりに“ダリル・メイ”という細身の天才トレーダーが監獄で130年出られない事になっているが、無論、そのような人物はこの世に存在しない。
黒幕とその意図はさておき、この男が救われた理由は、身を犠牲にして組織に忠義した点もさることながら、130年の禁固を告げられた際の所作にもある。
【結審の直後、被告は所持品の腕時計を外し、ネジを引いて秒針を止めてから看守にそれを渡した。結審に対しては『それで事が納まりますか。』とだけ残した。我が国犯罪史上、有象無象の群を抜く紳士と担当記者の名でここに記す。―ジャック・レイニー2月11日】
これは当時のニューヨークタイムズ紙の記事である。
―次回。