舞子は走っていた。
速く、もっと速く!美香が気づく前に、よい場所を見つけなければ。
舞子が“子供のセカイ”へ入るための入り口を作るのによい場所を――。
「舞子ー!」
舞子はハッと肩を縮めた。もう気づかれた!続いて耕太が叫ぶ声も聞こえる。二人分の足音が、こっちに向かって駆けてくる。
舞子は山奥の神社へ続く石段を駆け上がった。ハァハァと息が切れる。何度も立ち止まって息を整えたが、この調子では見つかってしまう……。
(ハオウ!)
舞子は“子供のセカイ”の住人に助けを求めた。
(助けてハオウ!お姉ちゃんが追いついちゃう!)
(心配いらないよ、舞子。君が僕を現実に呼び出してくれれば、僕が彼らを足止めできる。さぁ舞子、僕を呼び出すんだ!)
舞子はためらわなかった。いつも覇王のことを思い描いていたから、覇王を出すなど容易かった。
覇王はすぐに舞子の前に降り立った。
長い絹のようななめらかな小麦色の髪に、抜けるように白い肌、背はすらりと高く、青い瞳は優しく舞子を見つめている。
舞子は一瞬、うっとりと覇王を眺めた。
覇王は輝くような微笑みを浮かべながら、優しく舞子の頭を撫でた。
「さぁ、早くおゆき。ここは僕が食い止める。」
「ええ、わかったわ!」
舞子は覇王に笑いかけ、それから神社の石段をさらに上へと登っていった。覇王は舞子を怪しげな瞳で見送った。
「ハァッ、ハァ……、!」
美香は行く手をふさぐ長身の男に気づくと、ぎゅっと眉を寄せた。すぐにそれが舞子の想像物だと気づいて、身を引き締める。
「あ、あいつ、何だ……!?」
耕太は明らかに腰が引けていて、美香は戦力外、と即座に切り捨てると、男に向き直った。
「そこをどいてくれる?」
「無理な相談だ。」
男はにやりと笑った。美香はなんだか嫌な予感がした。舞子の作り出す“子供のセカイ”は、あまりにも強力すぎて、それ故に暴走する事がある。この男にもその狂気の類いを感じた。
男は腰に下げていた細身の剣を抜き放った。かなりの手練れに見える。美香は石段に落ちている石を拾うと、すぐに頑丈な盾に変えた。
「耕太、さっきの枝貸しなさいよ。」
「は?お、オレだって戦うし!自分で見つけろよ!」
耕太は一瞬ぶるりと武者震いすると、「うおおおっ!!」と叫びながら男に飛びかかっていった。