だが、隣から聞こえてきた暢気な声。
「あー、ちょっともよおしてきました……」
ゆっくりとそちらを向くと、黒髪の隈だけが目立つ平凡な顔が珍しく真剣である。
が、その仕草は落ち着きがなくて、手は股間に。
「あ、の……?」
もよおす?
もよおす、ってまさか?
アーガスがウーを見た。「あの、小はここでしてはいけないですよね?」
ウーは自分が涙目になっていることに気がつきながらもこくん、と頷いた。「はい、今はダメかと」
「仕方がないですねぇ……」
ふいのひょい、と宙に浮く感覚にウーは面食らう。「え……」
まるで荷物のように肩に抱え上げられているのだ。
ウーは慌てる。「ちょっ、アーガスさん……!?」
目の前では燃え盛る豪火球。
オレンジ色の火の粉が、ちりちりとアーガスの黒い髪とウーのミルクティー色の髪を焦がす。
「すみません、『ダ・カーポ』さん。私は今、とても性急な用事がありますので、失礼させていただきます」
そのまま猛ダッシュした。一方、肩上の人ウー・ラシルは舌が噛みそうなくらいの揺れに耐えるしかなかったのだった。
そして、さっきのかなり大きな炎はどうなったかといえば、またもやわけのわからぬうちに消え去っていた。
この人、いったいどういう人なのだろうか。
エグロンの魔女、ウー・ラシルは眩暈ととてつもない絶望感とを同時に感じたのであった。