ダラス 3
ブラフマンはその後、イギリス、ドイツと渡り、酒場の空気を学んだ。影を引きずる身分ゆえ、何にせよ気配は消すように努めていた。
黒幕に従事する、表向きは身分の確かな者の名義で借りているアパートに住んだ。同じアパートにはひと月しか滞在せず、金は週二回、定形外封筒に普通郵便でそこへと送られてくる。そうすれば郵送履歴が残らないうえに誤配達の確率も低くなる。デザイン事務所への請求書とでもしておけば盗難の恐れもない。
ブラフマンの友はコーヒーと煙草のみで、あとは辞書を読んでいた。しおりに紙幣を使うのが昔からの癖である。前職の経験から世俗の裏は全て周知していたが、時折麻痺を起こし、表の事が霞む事もあった。社交で妙な事を口走らないようにする為には主観の混入がない情報を確認する必要があり、それで辞書を愛用している。
しおりに紙幣を使うのは、彼が金を単なる道具として扱っている趣旨の表れである。
若い頃より彼の人生の目的は30歳代における自らの死であった。インサイダー事件からの組織防衛の為、捨て石をかってでたのはその為である。
自宅自室には既に弾丸の一発だけ込められた拳銃を用意していた。しかし引き金を引く前に黒幕からの電話が入った。
『きみは見込みがある。対等なパートナーとして仕事をしよう。』
それからもう三年になる。雲隠れの期間も期日が近いと思っていた矢先、公園のベンチで一服ふかしていると、見知らぬ少年が近付いてきてブラフマンにこう告げた。
『そろそろ本国にかえれ、ってさ!』