「いやはや、全くもって驚き申した。
結城殿は天下一の兵法者にござろう」
島田竜之進が、親しみをこめて結城兵庫ノ介を絶賛していた。
少し離れて同行していた橘由紀と小太郎のきょうだいも、珍しく笑顔で話を聞いている。
「それは、まことに過ぎたるお言葉。
河西殿には、面目を潰してしもうて相済まぬ事を致した」
「いやいや、詫びるには及ばんよ。
話を伺えば、こちらの幼きお二人の為とか。
それがしも仇討ちのお役に立てたと思わば、武士の本懐にござる」
着流しの浪人、河西陣十郎は男らしくサッパリとした気性の快男児であった。
河西は、せんだっての出来事を豪快に笑い飛ばし、忘れると言ってくれた。
「旦那、敵は妖術使いやおまへンかいな?」
演武が終わってから、伍助に尾行させた深網笠の武士、平間元次郎。
きやつの左手の甲にある刀傷が、当人である動かぬ証拠となっていた。
平間は途中で尾行に感づいた模様で、伍助に怪しげな術を使い、足止めを食らわした。
「ウムッ!と低く気合いを掛けられた後、体が動かァしまへンのや」
「橘殿と全く同じじゃな。二階堂流の使い手がまだおったとは…」
幼いきょうだいの父、橘良軒と伊賀者、伍助の食らった術とは?……
「心の一方と申す技じゃ。別名すくみの術とも申すが、わしも以前に一度立ち合った事がある。
気さえそらしてしまえば、別段恐くもない技じゃがのう…」
そう軽く言った兵庫ノ介は、首をコキコキ鳴らしながら、仇討ちの段取りを頭の中で組み立て始めた。
敵の手の内さえわかれば対処法は幾らでもあるという訳である。
結城兵庫ノ介は、幾多の危機を乗り越えてきた経験と、他人に及びもつかぬ奇策の持ち主でもあるのだ。