車にいつも積みっぱなしの黒いカバンの中に、一冊の日記帳が納まっている。
小さな鍵をかけられる造りのその古ぼけた日記帳を、私はたまに思い出した様に読み返す事がある。
始めは、二人が出会った頃の出来事が簡潔な文章で記されており、時々、友人や身内に送るプレゼントの内訳が買い物メモのように控えてある。
ダージリン、アッサム、ディンブラ、etc… 紅茶の名前ばかり列挙されているのは、日記帳の主が紅茶好きだったせいもあるか。
六月に、初めて指輪を贈った時の事だけは「あの人、どんな顔して買ったんだろう?」とコメントがあり、苦笑させられる。
九月二十二日に書かれたページには、家族や友人達、知り合いの名前が一面にびっしりと書き込まれている。
そして、九月二十三日。 彼女が亡くなる二日前に書かれていた一文。
『ごめんね。
今度生まれてくる時は
あなたのお母さんになり
たいな
サヨナラ 』
九月二十五日、彼女は別の世界に旅立っていった。
その日記帳は、いつもカバンの中にある。