彼はほんの数秒、女性と唇を重ねて、
にこやかに笑い、
そして…
その場で喉を掻き切って死んだ。
そこは楽園だ。
悲しむ者は誰も居ず、
哀れむ者は誰も居ず、
駆け寄る者も、
悲鳴をあげる者もいなかった。
ただその死を知り、淡々と彼を崖から棄てた。
楽園は死を知った。 それはただのゴミになったのだと。
翌日、昨日まで彼が語っていた場所に人だかりが出来ていた。
だが、そこに彼の姿はなく、楽園の住人はただそこに佇んでいた。
次の日も、そのまた次の日も、楽園の住人はそこで佇んだ。
そして3日の朝、楽園は死を理解した。
死とは、日常の変化のこと。
それは、「今まで」からの欠落であり、「これから」に移り変わるものであると。
楽園が死を理解しても、住人は死が分からなかった。
ただ、一人を除いて。
彼に愛された女性は、死を理解し、涙を流した。
もぅ、戻ってこない彼を哀れんで、目が潤み、
もぅ、戻ってこない事に悲しんで、涙が零れた。
その《特別》の涙は、女性から隣の青年に、青年から後ろの子供に、伝播した。
楽園中の人が彼の死に泣いた。
女性はその辛い現実に泣いた。
青年はその哀れみに泣いた。
子供はその悲しみに泣いた。
楽園の大地は、初めて涙にその身を濡らした。
皆が泣き、そしてその《特別》を理解した。
その日、楽園はなくなった。
後に語る。
そこは、
悲しみを胸に抱き、
幸せを噛み締める、
理想郷。
『ユートピア』
彼の名を冠した、最も美しく、最も優しい世界。
writer−彼を愛する者より