なんだ猫か、驚かせるなよ―\r
普通の人ならば、
目の前に突如現われたこの獣に対して、そういう反応で胸を撫で下ろすことだろう。
だが、僕は違った。
正確に言えば「今の」僕は、だ。
こともあろう、
黒猫でいる僕の前に
突然実物が現われたのだから。
僕は猫だ。
猫も猫だ。
二匹は、束の間
おそらく
遮断しているであろう
空気や
大量の水の粒たちや
雑音や街の霞みが混ざった匂いやその他一切
なにも隔てるものはない状態で
対峙を試みた―\r
という表現が一番近いだろう。
そこには警戒も否定も馴れ合いも肯定も存在しない―\r
そうしていると
とても不思議な感覚だった。
何故なら、
猫の姿のなかにあまりにも僕と同じ面影を発見したからだ。
僕は一瞬
猫が僕に似ているのか、
僕が猫に似ているのか、
わからなくなった。
だがすぐに、
これは一種の錯覚であり、
自分がたった今「猫」と云う役者を演じているからに違いない、
と慌てて結論づけた。
そうでもしないと、
自分が自分でなくなりそうな
衝動的な不安に駆られたからだ。
とたんに、猫は何事も無かったかの様にくるり―と翻し
廃ビルへと駆け出した。
まるで、僕の心情を全部読めてしまいもう僕に興味はなくなった―とでも言うかのように。
拍子抜けしたが、
こっちとしては
逆に感心が高まった。
放っておけず、
僕はなんとか猫のままで、
奴を追い掛けることにした。
そう―廃ビルへと…