近所の本屋の児童書コーナーで、僕は『うみ』というタイトルの大きくて薄い絵本を手にした。広げると、青い水の中で色とりどりの魚やくらげ゙がゆらゆら踊っている。
僕は一目で気に入って、この本を買って帰った。くうの喜ぶ様子が目に浮かぶ。早く見せてやりたい。
「ほら、きれいだろ?」 三日後、僕の部屋へ来たくうに早速『うみ』を見せる。
最初、不思議そうな顔でページを見つめていたが、すぐに『うみ』の世界に没頭した。
くうの周りは桃色。
「くう…」
桃色の光を放つくう。
「お前…」
本が好きなくう。
マシュマロが好きなくう。すぐうたた寝するくう。
…喋らないくう。
何も知らない人の目にはどう映るんだろう。
「何なんだ?」
くうは僕の質問に反応する。不思議そうな顔で僕を見る。不思議そうな…
ほんとは表情なんてない、くう。
時々、僕の頭が勝手に生み出したイメージなんだと、気づく。
それでもくうの気持ちはちゃんと分かる。
言いたいこと、伝えたいことがちゃんと分かる。
僕はずっと思っていた。ほんとはずっと訊きたかった。
くう、お前、何なんだ?
でも、訊いたらくうは、いなくなってしまう。僕の前から完全に姿を消して、そして二度と帰らない…。そんな気がした。
だから訊かなかった。これからも訊かないつもりだった ……?
そして今、くうは、不思議そうな顔をしたまま、フシュ、って、消えて、それっきりだった。青い『うみ』が窓からの風でパラパラとめくれていた。