心残り

雨蛙  2009-04-14投稿
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傷跡は細く、深い。


痛みが彷徨う。


すべてを忘れたい。


どうすることも出来ない。





包丁を右手に持つ。
左手首を差し出す。
刃先を優しく滑らせる。
血が溢れ出る。
が、やがては止まる。




死ねない。
死ねない。
死ねない。
死ねない。





首に縄を巻く。
両手に縄の端を持つ。
思い切り引く。
血流は止まる。
が、すぐに動き始める。




死ねない。
死ねない。
死ねない。
死ねない。






死にたい。

そう思い立ったのはいつのことか。
ただただ生きることに飽きたある日、死にたい欲求を抱き始めた。


池の水面に顔を映し、お前は誰かと問い掛ける。

ひと昔前の肌艶は消え、生気を帯びない目尻はまるで屍人のようだった。




このまま醜く朽ちるなら、いっそ今死んでしまおう。






死のうと考えて幾日が経つが、死ぬのがこれほどまでに難しいとは。

心の弱い私には、確実に死ぬ方法をとることは出来ずにいた。


飛降りも、入水も、首吊りも、練炭も、薬も。


ただ痛みを感じない死に怯えていた。

死んだことに気付きたい。
どうしようもなく気付きたい。


不可能なのは分かっているのに。


歩みを止め、立ち尽くす。



ふと、暗転した世界。
空が地面に。
鉄の匂い。
騒音。
喧騒。
痛み。


痛み。


鈍い痛み。







どうやら私は悩んで立ち止まった末、車にはね飛ばされたみたいだ。


全身を温い水が包んでいる。

痛い。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。



だがこれで死ねる。死ねるのだ。



沸き上がる感動。
生を捨てる感動。



しかし蟠りが一つだけ。



心残りが一つだけ。







私は死んだわけじゃない。

殺されただけだってこと。










私はまた死ねなかった。







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