ドアを開けて入ると、
コーヒーの甘い香りが鼻をくすぐった。
どこか懐かしさを覚える、柔らかな雰囲気の喫茶店…。
カウンターの横で、大きな黒いグランドピアノを弾く
長い黒髪がとても印象的な、小さな女性がいた…。
ドアに付いている鈴の音が鳴る。
僕に気付いたのか、その女性はチラッと横眼で僕を見ると、軽く会釈をした…。
『いらっしゃいませ…。』
カウンターでカップを拭きながら、白髪の老人がニコッと微笑みかけてきた…。
この喫茶店のマスターだろうか…。
僕は6つほどあるカウンター席の、ピアノの場所から一番遠い端の席に腰掛けた。
『コーヒーひとつ』
いつもならレモンティーを注文するところだが、コーヒーの香りにつられてしまった…。
店の中は、思ったよりも暖かかった。
上着を脱ぎ、隣のイスの背もたれに掛ける…。
改めて中を見渡した…。
イスとテーブルも4組ほどしかない狭い店内…。
壁にはミュシャの絵画がいくつか飾られていた。
君が好きだったミュシャ…。
初めて来る場所なのに、なぜかすごく落ち着けた…。
客も僕と入れ違いで出ていってしまい、今いる客といえば僕一人となってしまった。
店内は、相変わらずピアノの音色が鳴り響いている。
カウンター席でぼんやりと、君がピアノを弾いている姿を思い出していた…。