『えぇー!?って事は26!?見えないけどなぁ〜…。もっと若いと思ってた。で、名前はなんて言うの?』
また僕の肩に手をのせて、横から覗きこんでくる。
『豊(ゆたか)だよ』
諦めてマスターのいる方を向いてしゃべった。
相変わらずカップを拭いて、微笑んでいるいるマスター。
とても穏やかになれた…。
そんな空間だった…。
なんだかんだで
たわいもない話を彼女としていたら、いつしか時計の針も19時を回っていた…。
コーヒーも3杯飲み干してしまった…。
彼女の話を聞いてると、自分も楽しくなれた。
久しぶりに、温かい気持ちになれた…。
『もうこんな時間か…。そろそろ帰るよ。』
『えっ?もう帰っちゃうの?じゃー最後に一曲だけ弾くから、聞いていってよ!』
そう言うと楽譜を手に持ち、足速にピアノに向かって行く彼女だった。
来夢がピアノを弾き始めると同時に鈴の音が鳴り、中年男性が中へと入ってきた。
残念だけど…。
お客さんの為にも、帰るとするかな?
来夢は、僕の事しか見ていなかった…。
客の目線が痛く感じた…。
コーヒー飲みに来る客もいるんだろうけど、
来夢目当ての客がほとんどだと悟ったから…。
カップに少しだけ残っていたコーヒーを飲み干して、僕は席を立った。
『ありがとうございます。』
マスターが伝票を僕に渡す。
会計を済まし、
上着を着て鞄を持つと、僕は店を出る準備をした。
ドアの前でいったん立ち止まり、ピアノを弾いている来夢を見つめた…。
それに気付き、来夢も僕の事を見つめてくる…。
「帰るから」と、口にして僕は店を後にした。