1-2 こころ憂し
「誘拐だとか思わないでね。お嬢ちゃんが帰りたくないって顔をしていたから,ちょっと協力してあげたの。」
春子は少年のようにニッと笑った。
粋乃は,
何故かその無邪気な笑顔につられ,
ついて行ってしまったのだ。
春子は粋乃を指南所の離れに案内した。
春子には何故粋乃が
家を抜け出したのか分かっていたらしい。
どちらかと言うと,大人よりも子供の気持ちの方が分かるのだ。
「お願いがあるの‥」
粋乃は春子の顔をじっと見て,少し顔を赤らめて言った。
「粋乃と,
遊んでくれる?」
「‥そうねぇ。
じゃあ,ちょっとだけ。」
もちろん春子はそのつもりで粋乃を隠した。
粋乃は,
「ありがとう。」
と,
満開の笑顔で言った。
†
日も傾き,
粋乃脱走の騒ぎが町をも巻き込み始めた頃,
春子は粋乃をおぶって階堂家へ向かっていた。
たくさん遊んだせいか,粋乃は春子の背中で小さな寝息をたてている。
階堂の家の立派な門をくぐり,呼び鈴を鳴らすとすぐに女中が飛び出してきた。
「お嬢様,
無事で良かった。」
「大変申し訳御座いませんでした。
粋乃ちゃんを隠したのはこの私です。」
粋乃を
女中に預けるなり春子は深々と頭を下げた。
女中は信じられないと言う顔で春子をじっと見ている。
「ただ子供らしくなって欲しがったんです。」
「そんな下らない事でお嬢様を?大変な事をしてくれましたね。
町じゅう騒ぎだったのですよ?」
女中は粋乃を大切そうに抱えて言った。
●●続く●●