吉原桃子は腰に手を当てて言った。「5分も早く着いちゃったわ。もし、遼一さんが遅れてきたらおごってもらおう」
どういう理屈なのか、美穂にはよく分からなかったが、遼一が約束の時間に遅れるとは思えなかった。それにしても、桃子はスゴい色気だ。店内の男性客の目が釘付けだ。特にひどく肌が露出している訳ではない。
それなのに、抜群のプロポーションを強調するファッションと、しなやかな動きは同姓の美穂が見ても、うっとりしてしまう程だ。
美穂は、劣等感に襲われる。つい、下を向いてしまうのだ。せっかく前向きになっていたのに…。
「ねぇ、ライターある?」桃子が言った。
美穂はライターを差し出す。何かワタシ、召し使いみたい。スゴい嫌だけど、レース中はチームワークが大事。ここは我慢だわ…。
無口な美穂を、桃子は煙を吐きながら観察する。
あらら…カンちゃん、気合い入ってるじゃなぁい。服もメイクも頑張っちゃってさ。つい、この前まで、スッピンでウロウロしてたのに…。遼一に気に入られたいのね。バカね…。あの男は、人の容姿なんて見てないのよ。無駄な努力お疲れ様。
しかし、そう思うわりに、キメキメの自分に気が付いて、桃子は無性に腹が立ってきた。あの冴えない中年は、私の虜にしてボロ雑巾のように捨ててやる!
そう思った時、石川遼一が現れた。
「あれ?待たせちゃった?俺、遅れた?」遼一は、真っ直ぐな視線で二人を射抜く。
「いえいえ、まだ約束の時間の2分前です。」美穂が弾んだ声で言った。
桃子は美穂を見て思った。カンちゃん、あんた目がハートマークになってるわよ…。
よく通る低いけど透明感のある声で遼一は言った。
「それなら良かった。こんにちは。」
二人の女は同時に心の中で思った。<私を見て!>
遼一はウェイトレスにコーラを注文して、改めて二人を見た。時間にすれば1秒もないくらいか。
しかし、二人の女は心の中まで見られた気がした。
桃子は、視線を思わずそらす。美穂は遼一に真っ直ぐ視線を返す。美穂は遼一になら自分のカッコ悪い所を見られても構わない。桃子は、もっと自分の良い所ばかりを見て欲しい。
その差が出たのだ。そして遼一は、完全に二人の思いを見抜いていた。