結局、遼一は二人の容姿については何も触れなかった。一言くらいお世辞でもいいから、ほめるべきだろう。しかし、遼一は全く気にしない。気が利かない男だ。それが、この男らしい所だ。二人の女の変化に気付いていないわけではない。
気付いているのに口にしないのだ。桃子は遼一のそういう所が気にくわない。今まで出会った男達は皆、桃子に気に入られようとしてきた。あるいは、嫌おうとしてきた。
しかし、遼一は桃子に関心が無さそうだった。それが、ますます桃子をイラつかせる。ダサダサのネクラの神野美穂と全く同じように見られているのが、悔しかった。
遼一は二人と近況を報告しあい、レースについて語った。大体はメールでやり取りした内容の確認だった。「そろそろ出発しようか…」遼一はレシートを取って立ち上がる。
「あっ、遼一さん…ワタシ払いますから…」美穂があわてて、立とうとしたら遼一が言った。
「いいよカンちゃん。俺は、二人を待たせちゃったみたいだから…。ここ位は払わせて」
桃子が言った通りになった。ほらね、という眼で美穂を見た。桃子は、デートでも合コンでもほとんど支払いをした事がなかった。慣れているのだ。
しかし、美穂は桃子の視線に全く気付いていない。
神野さん、じゃなくてカンちゃんって呼ばれた!!!
美穂の視線はレジへ向かう遼一の後ろ姿に釘付けになっていた。
そんな美穂を見て、桃子は心の中で舌打ちをした。
何でアタシは名字の吉原さんで、カンちゃんはアダ名で呼んだのよ!?
完全に美穂にアドバンテージを取られた気がした。
目がハートマークになっている美穂よりも先に、桃子は動き出した。
「ああ〜ん。待ってよぅ遼一さぁん!」とびきり甘い声を出す。店の客の視線を独り占めだった。
少し遅れて、我に返った美穂が歩き出す。
支払いを終えた遼一が言った。「さぁ行こうか」
桃子ではなく、店の奥の美穂の方を見て…。
店内の男の全ては桃子を見ている。しかし、遼一だけは美穂を見ている。桃子だけがそれに気が付いていた。美穂は気付いていない。
それが桃子には悔しかった。