「あはは、遼一さんと一緒なら、I峠もIトンネルも全然怖くな〜い!」吉原桃子は、とたんに機嫌が良くなった。
何で急にテンションあがったんだろう?神野美穂は不思議に思った。
「ねぇ、吉原さんって霊感があるの?さっきから、怖い怖いって…」美穂は、後部座席の桃子に尋ねた。
「うん。あのね、中学校くらいの頃からかなぁ…。時々、見えるの」桃子は自分の髪を触りながら言った。
「どんな霊?」美穂が尋ねる。美穂は、霊など全く信じていない。元コンピュータプログラマの彼女には、曖昧な存在は信じられない。ただ、ネガティブでネクラでオタクの美穂は、なんとなく薄気味悪い、と思うだけだ。
「うんとねぇ、オッサンなの。スーッと出て、すぐ消えちゃう」桃子が答えた。
運転席の遼一の表情が、一瞬曇ったのを、美穂は見逃さなかった。
「そのオッサン、いつも同じ人?」遼一は、普段の優しい口調で言った。
美穂は、遼一が何故、あんな顔をしたのだろう?と思った。今は聞けない。桃子に関しての事だと直感した。
「同じ人よ。他の霊はまだ見た事ないの。だから、有名な心霊スポットのI峠とかIトンネルとか嫌だったんだ…。でも、もう大丈夫」桃子が機嫌良く言った。
「そう、大丈夫。この車に乗っていれば安心だよ」遼一が言った。
美穂は、遼一の桃子に対する言葉が少し優しくなっているような気がした。これは女の直感だ。根拠はない。それなのに美穂は、遼一を取られたような気がした。そんな自分が嫌だった。
三人の失業者を載せた白いイストは、間もなく心霊スポットで有名なIトンネルに差し掛かろうとしていた。
桃子が緊張しているのが分かる。
「大丈夫だよ。新道を通るから」
遼一の黒いジャケットを美穂は見た。そう言えば、以前会った時も、似たような服装だった。黒い服とジーンズ…。
場の雰囲気を変える為、明るい声で、美穂は言った。「遼一さんって黒い服が好きなんですか?」言った後で、美穂は少し後悔した。これでは、まるで桃子みたいだ…。下らない質問…。相手の気を引くために、とる行動…。しかし、美穂はへこたれない。
カッコ悪いワタシを見て…。遼一さん。
遼一は、少し驚いた顔をして、やがて、今までで一番優しい声で言った。「カンちゃん…。ふふ…。さすが…ありがとう。君は変わったね」
今度は美穂が驚いた。何で感謝されたの?でも嬉しい…。好き…。