石塚シンジは、レーススタート地点のドライブインに着いて、駐車場全体を歩いて周りを観察していた。大体、予想していた通りだ。しかし、自分の作戦はまだ不充分だと言うことも分かっていた。<コマが足りないな…>シンジは呟く
孤高の天才は自販機でコーヒーを買ってベンチに座る。隣のベンチには二人の男女が座って話をしていた。人だかりとは反対側のベンチで何を話しているのだろうか?黒いジャケットの男と淡いグリーンのワンピースの女が真剣に話している。別れ話か…。寂しい峠のドライブインにふさわしい。失礼を承知で聞き耳立てる。レースの事ばかりでは良いアイデアが浮かばないし。しかし男女の会話は別れ話などではなかった。
<…幽霊は見える人には見える。見える人にとっては確実に存在する。俺は見えない。見える人の方に問題がある…>
そんな内容だった。シンジは少し驚いた。おいおい…。今のは、心理学、哲学、宗教、脳医学を理解してないと出ないセリフだぞ?何者だ?この黒ジャケット…。
「吉原さんにも問題が?」女が聞いた。
「うん…。彼女、同じオッサンの幽霊を見るって言ったろ?俺は彼女の事をよく知らないから何とも言えないけど…。何度もメールもらったんだけど、やれ何色が好き?とか犬と猫どっちが好き?とか…俺に質問してばかりで自分の事はあまり話さなかった」
「同じ霊をみるのが問題ですか?」ワンピースの女が聞いた。
「こんな話を知ってるかな?雪山で遭難した男の話」黒ジャケットが突然話題を変えた。女は戸惑っていたが、大人しく話を聞いていた。この女…黒ジャケットが好きなのか…しかもお互いに知り合って間がないな…。シンジは分析する。
黒ジャケットが続けた。
「遭難した男は、救助されたんだけど…。右足が痛い、痛いって言うの。でもね、救助されて、病院で手当てされた時には、男の右足は凍傷の為に切断されてた。無いはずの右足が痛いって言うんだ。意味分かる?」
シンジには黒ジャケットの言いたい事が良く分かった。なるほどね…。
「よく分からない」女が言った。
「要するに、ヒトの脳はいい加減というか、良くできているというか…。本人さえも騙せるって事。痛みや恐怖なんかのストレスが限界を越えると脳は、自分を守るために自分を騙す」
「吉原さんにも、ストレスが…?彼女、確か中学生の時に母親が再婚したのが嫌だったって聞きました」