青年は屋上から空を見上げていた。
数分の後に彼は歩きだした。そして隅の塀の上で停止する。
ここは生と死の境目。これより一歩踏み出せば、誰でも自殺を果たすことができる。
彼は再び空を見上げた。月のない冬空で、無数の星がその存在を見せつけている。輝きは彼にとって残酷すぎるほど眩しかった。
就職活動に失敗し、進路に迷っていたことが動機ではない。自分の生き方は生きていることではないと考えた結果だ。
彼にとってずっと、他の誰もが輝いて見えていた。自分の夢を語る者。努力を絶やさない者。仕事で活躍する者。失敗に躓き悩む者。後悔の念で自殺未遂をした者。皆輝いていた。
しかし青年は輝くことができなかった。
彼には信念というものがなかった。自分で何かをしたい、内容の良し悪しに関わらず、そんな感情が沸いたことがただの一度もなかった。
自分の内から沸く意志がなく、周りの空気についていくだけ。どうしてこれが生きているといえるのか。だから今、彼はここにいる。
「こんばんは」
体ごと後ろを向いた。目と鼻の距離に少女がいたが、彼は気にもせず足をそろえ、夜空を見上げる。
「本当にあなたは月が好きなんですね。1年間、いつもここで月を見ていた」
少女は語りかける。彼の目は本来月が輝いているだろう場所を見続けていた。
「それは、月の存在があなたと同じだから」
彼女は巨大な鎌を振り上げた。柄の先で、湾曲した刃が獲物を見据えていた。
「月は太陽の光を受けて輝く存在。いかに輝きが強くても、自ら燃える星には敵わない。でも」
振り下ろされる鎌。刃は青年を傷つけることなく体をすり抜けた。そして彼は背中から倒れるように、地上に降りていった。
あと僅かで死ぬにもかかわらず、彼は冷静に空を見上げていた。月には自分の死を見せたくなかった。でもこうして死の直前になると、どうしても最後に一目見たかった。例えその光が他者の恩恵だとしても、その輝きは、その輝きはどんな星よりも、そして太陽よりも美しいのだから。
「月が輝いているのは事実。人々に美しい光を見せている。あなたも同じ。あなたも皆に輝きを分けていたではありませんか。あなたは他者の中で確かに生きていた」
青年は屋上で輝く三日月をずっと見つめていた。