神野美穂は、こんな恐怖を感じた事はなかった。
目の前で繰り広げられる暴力の連鎖。怒鳴り声と破壊音。テレビや映画では、よくあるシーンの一つだ。
しかし、現実にはマンガのようにカッコ良くはないし、ゲームのように無害ではない。
叫び声や呻き声が聞こえる。耳をふさいでしまいたい。目を閉じてしまいたい。
ガソリンや排気ガス…血の臭い。恐怖で足がガクガクと震える。
中学生の頃、クラスの男子がケンカをしているのを見た事がある。その時も怖かった。しかし、今夜はレベルが違う。座り込んでしまいたかった。
しかし、美穂は踏ん張った。一人だったら出来なかっただろう。今は遼一さんがいる。ワタシを守ってくれている。だから、ワタシは立っていられる。
「どけやっ!このチビが!」
茶色い長髪の男が遼一に殴りかかってきた。
遼一が顔を殴られる。美穂は思わず目を逸らす。
「正当防衛だ…」遼一の声が聞こえる。
美穂は遼一を見た。遼一の足元にさっきの男が倒れていた。
えっ?いつの間に倒したの?
別の男が再び遼一に襲いかかる。「死ねや!オラ!」
遼一の正拳突きが、男のみぞおちを正確に撃ち抜く。
「どうもこの手の輩は、ボキャブラリーが貧困だな。大体が、死ねとか殺すとか繰り返すだけだ…。命のなんたるかを考えたことも無い奴に限ってそうだ。駅前やコンビニの地べたに座り込んで、大声で喋って…。自分じゃ何も出来ないから、自分より下の人間を見付けてはイジメる」
遼一は美穂の方を振り返り無事を確認する。
また男が飛びかかってきた。「うるせぇんだよ。チビが!」
遼一の鉄拳が再び放たれる。「チビがどうした?テメェよか強ぇぜ…」男が一撃で倒れる。
暗闇にたたずむ遼一の背中を見て、美穂は確かに感じた。遼一のオーラを。コレが<気>か。そうか…。解った!遼一にあって、彼らに無いもの…。それは覚悟だ。人生とか命とか物とかに対して持つ<覚悟>の絶対量が、遼一はケタ違いに多いのだ。強いというか…。絶対値が違いすぎる。
負ける訳がない。遼一さんめちゃくちゃ強い!!もう怖くなかった。遼一さんの言う通りに行動すれば、必ず脱出できる。美穂は確信した。
いつの間にか、駐車場の端まで来ていた。イストが見える。シンジを含む巨漢が三人と桃子がいた。
乱闘の中心地、美穂達のいる反対側から音楽が聞こえてきた。