老婆が塗る軟膏は、鼻がツンとするようなきついにおいがした。美香は傷口が痛むのを我慢して、ずっと唇を噛み締めていた。
「よし、終わった。」
老婆の温かい手にぽんっと肩を叩かれ、美香はようやく顔を上げた。涙は止まっていたが、まだ自分の状況をうまく老婆に説明する自信はなかった。
「おばあさん……。」
「なんじゃ。」
「“子供のセカイ”から“闇の小道”に行くことは可能なの?」
老婆はしばらく何も言わなかったが、やがてぽつんと呟いた。
「道を開くことならできるが……それには犠牲が必要じゃ。」
また、犠牲…!美香は獣のように荒々しい怒りが沸き上がるのをじっとこらえた。
「それに、普通の場所じゃダメじゃ。“生け贄の祭壇”に行かんとなあ。」
「“生け贄の祭壇”?」
「そうじゃ。ここからまっすぐ北へ3日ほど歩くと着く。森の中にある石造りの……そうじゃな、遺跡のような建物じゃ。」
美香はすぐに立ち上がった。立ちくらみがしたが、目をつぶってじっと収まるのを待ち、それからシワの刻まれた彫像のような老婆の顔を見下ろした。
「ありがとう、おばあさん。私行ってみる。」
「ちょっと待ちんさい。」
老婆は厳しい声音で言った。小屋の入り口の前で美香は立ち止まった。
「?」
「アンタ、この世界のことを何も知らんのに、どうやって辿り着くつもりじゃ。道はわかるんか?この世界のルールは?この世界の支配者のことは?」
「……話を聞いてる時間がないの。耕太が待ってる。」
キッパリと言い切った美香を、老婆は探るような目で見ていたが、急にフッとため息をついた。
「光の子供とはこのようなもんか……。」
「え?」
「お前のように“真セカイ”から来た子供を、光の子供と言う。ワシは“子供のセカイ”の住人。しょせんは光の子供によって作り出された影にすぎんのじゃよ。」
美香は老婆の話に興味を覚えた。しかし、今は本当に時間がない。闇の中で一人うずくまる耕太の姿を思うと、胃がキリキリと痛んだ。もう、行かなければ。
「じゃあ、私本当に行くね。道なら歩く途中で会う人に聞くから平気。」
ありがとうございました、と再度頭を下げてドアに手をかけた美香に、後ろから老婆の声がかかった。