「嶋野さん!」
窓ごしに手をふる紀子に気づいた嶋野は、待ち合わせ場所のカフェに入った。
「すいません。私の勝手なお願いで。嶋野さんの方は、用事は終わったんですか?」
「ん〜。まだ途中とゆうとこかな。明日また、その人に会うんだけどね…」
「そうですか〜。あ!そうだ。嶋野さん、私の用事の詳しいこと話してなかったですね」
紀子は、2年前、この東京に居たことや、何故、叔父のいる北海道に来たかを、嶋野に打ち明けることにした。
「実は私、2年前まで看護士をしてたんです」
「看護士を?」
「はい…」
何故辞めたか?当然その理由は聞きたいのだが、嶋野は、「何故?」と聞かずに、紀子の発する言葉を待った。
「私、ガン病棟に居たんです。…もちろん、いろんな人の死にも立ち会って来ました…」
「そうなんだ…」
「ええ…いろいろ、辛いこともあったけど、その仕事だけは続けようと思いました…でも」
「でも?」
少しの沈黙の後、紀子が続けた。
「私の最後に担当した男性患者なんですが…恋人が留学してて、自分の病気のことは言わないでくれって…涙ながらにお願いされたんですよ…」
「何か特別な理由でも?」
「その彼女の夢は、通訳になること。自分の病気の為に余計な心配はさせたくないって…」
紀子に、こんな過去があったのか…嶋野は普段は明るい紀子の悲しげな表情を見て、やるせなかった。
「その人ね…レコード会社にいたの。
ある先輩が、口ずさんでいた曲に感動したって…いつか世に出したいって…彼女が帰ってきたら、聴かせるんだって…それは、永遠に出来なくなっちゃったけど…」
「そうか…」
嶋野には、紀子が探している人が誰なのか、今一解らなかったが、自分と照らし合わせて、「もしや…」と思った。
「森田さん、君の探している人って…まさか…その彼女じゃないか?」
紀子は驚いた。ズバリだからだ。
「でも…なんで2年の空白があるの?君が辞めるきっかけになったの?」
紀子は、軽くうなずきながら話した。
「彼が、私に手紙を託したの。『2年たったら、彼女に渡してくれ』って。いつの間にか、彼の真剣さにいたたまれなくなって…」
2年も守れるだろうか…。
そのプレッシャーから逃れたくて、看護士を辞めたのだ。