「何?結城殿が参っておったのか! 小山内、何ゆえ拙者に報せなんだか、子細をば聞かせて貰おう」
島田竜之進が憮然とした表情で小山内佐兵衛に詰め寄っている所である。
大男の島田にググッと迫られ、少々のけぞる様に相手の言い分を聞いていた小山内。
彼は慌てた様子をみじんも見せず、接待役らしく落ち着きはらった態度でいた。
「島田よ。 …子細を申そうにもこれでは話も出来ぬではござらんか。
ま、落ち着きなされよ」
「ふむ、…しからば申されい」
多少、冷静さを取り戻した島田に、小山内は兵庫ノ介から聞かされた珍妙な秘策を説明し始める。
一方、兵庫ノ介……
「ふぅむ、小太郎殿はまことに筋がよろしい。
剣の達者となるご仁は、素直で真っすぐに剣を遣うものでな。 ふむ、ふむ」
「結城様、かように甘やかされましては…」
兵庫ノ介は、木立に囲まれた空き地で橘きょうだいに真剣の扱いを指南(指導)していたのだ。
「由紀どの、おだてにはござらんよ。
弟ごには剣の素質がござってな。
ほれ、あの振りようを御覧なされ。
体に、無駄な力みが全くござらん」
(弟子に欲しいのう……)
口には出さねど、そこはかとなく伝わるのは恋心ばかりではない。
橘小太郎は、兵庫ノ介の心のこもった激励に応え、一心不乱に一尺三寸(約40?)の脇差しを振っていた。
結城流の野太刀(いくさで使う大刀)の術は、非力な子供の手に余る。
兵庫ノ介は、修業時代に各地の剣客と幾多の勝負を繰り返すうち、いつしか他流派の技を研究するようになっていた。
小太郎の姉、由紀が習い覚えた小太刀の技を見て、兵庫ノ介は中条流小太刀の一手を、まだ体の小さい弟に伝授する事にしたのである。
その頃、行商人に身をやつして聞き込みにあたっていた伍助は、一人の武士に声をかけられていた。