乱闘は終息へと向かった。暴徒化した若者達は、落ち着きを取り戻し、三人の女が歌う愛の言葉に耳を傾け始めていた。
薄暗い外灯の下のストリートパフォーマンス。しかし、このライブは後に伝説的なものとなる。
ライブは15分以上続いていた。まだあと10分はやる予定だ。クミは、ずっと歌い、踊り続けたいと思った。
ナミエはチラリとアユミを見た。アユミも視線を合わせる。一瞬で気持ちが通じた。
<<そろそろ潮時ね…>>
どうやって幕を引くか…。
下手をすると巻き込まれてしまう。ナミエは周囲を観察した。
歌っているのが、メジャーなミュージシャンだと気付いた若者達が集まり始めていた。
しかし、不思議なことに警備員もいないこの状況で、決して近づこうとしない。
三人の歌姫の迫力に圧されているのだ。
このままフェードアウト出来るか?ナミエはタイミングを計って辛抱強く待った。
おかしい…。確かに、人生で最大のパフォーマンスを発揮しているのは自覚しているが、普通なら興奮した人間が一人や二人詰め寄せて来るものだ。
ライブで一番気を使うのは警備だ。怪我人を出しては意味がない。
ナミエは気が付いた。アユミを見る。アユミが目で相槌を打つ。
男が三人…。自分達を護るように聴衆を近付けないようにさりげなく立っていた。その男達は、その場にいる聴衆の誰よりも存在感があった。
立っているだけなのにそれが分かる。きっと何度も修羅場をくぐり抜けて来た男達なのだろう。オーラでわかる。
それが分かるナミエ達もまた一流だという証拠だ。
仏様を守護する明王のような迫力に聴衆は近付けない。
明王の一人が歌姫の方をチラリと振り返った。実にダンディーな仕草だった。
ナミエはアユミとクミに合図をした。クミはまだ不満そうだが、仕方がない。
ダンディーな明王に目で合図を送って、三人の歌姫は後ろの茂みに戻った。
聴衆からは、拍手が送られた。
三人の明王が追って来た。
「警察です。危険ですので車まで送ります…」タカヤマ刑事が言った。
「助かります。お願いします」歌姫達は礼を言った。
「いえ…。捜査の一環ですから。このレースについて何か知りませんか?」
「いえ…何も…。ただ、友達が参加しています。私達はリタイアします」
「友達の連絡先を教えて下さい。それと…」タカヤマ刑事が言った。