「遼一さん…検問にかかった時の事まで想定してたの?あんなパンフレットまで…」美穂は遼一に尋ねた。
「うん。このレースの特異点というか…。あんな事をいかに素早く切り抜けるかがポイントなんだ。しかし、あの警官ムカついたなぁ…」
遼一が珍しく感情を表現した。桃子は気付いていないが、美穂はすぐに分かった。遼一は、あまり自身の感情を表に出さない。
「君たちに初めて会った日に話した事を覚えているかい?」
「もちろん。はっきりと覚えています」美穂はすぐ答えた。
「そう…。この国は豊かで平和だ。しかし、差別や偏見や暴力は確実に存在する。あの時の言葉の意味が、今の君たちには良く分かるだろう?」
美穂は桃子を振り返った。桃子も頷く。
「はい。良く分かります。あの時…遼一さん、楽園ではないって言ってましたね。乱闘が始まった時、その言葉の意味を実感しました。さっきの検問も…」美穂は言った。
「ホント嫌な感じだったわよねぇ。あの警官。弱い者イジメよね。警察なんてろくな人間いない」桃子が言った。
「それも偏見だよ。ちゃんと仕事をしてる公務員がほとんどだよ。一部の人間が悪いだけ」
「分かってるわよぅ」
「君たちは、傍目から見ても魅力的だからね。さっきの警官は嫉妬したんだろう…」遼一が初めて二人の容姿について触れた。
美穂は真っ赤になってうつむいた。
「あ、ごめん。今のはセクハラだね。女性差別だ」
「何言ってんの遼一さん。アタシは嬉しかったわ。差別なんか感じてない。カンちゃんも嬉しかったでしょ」
「うん…。」遼一さん、ワタシ嬉しい…。
三人の失業者を乗せたイストは、間もなく第一ゴール地点のFタワーに着こうとしていた。
信号で停車した遼一の視線が対向車線のセダンに釘付けになっているのに美穂は気付いた。
街灯やコンビニ等の店舗の明かりで交差点は明るかった。
「どうしたんですか?」美穂は遼一に聞いた。
「あの車…シーマか…。何か雰囲気あるな…発する気と言うか…オーラが桁違いだ」
遼一の体から発するオーラも膨らんでいるようだと美穂は思った。臨戦態勢の遼一と同じだ。
信号が青に変わり、車を進ませた。遼一はシーマの助手席の男と一瞬目があった。
「どこかで見た顔だな」遼一が呟いた時、シンジから電話があった。
「ヤバいぜ遼一さん!三位だ」