30分ほども歩くと、美香はさすがにうんざりしてきた。
地面が見えている場所をいちいち探しては、枝を避けて進むようになった。回りくどいやり方だが、実際に足を傷つけるよりはまだマシだ。
美香は老婆の忠告どおり、絶えず空を見てはその『大きな月』とやらを探した。しかし、人の手のように覆い被さる枝のせいか、そんなものはちらとも見えてこない。
「……。」
空が群青色に染まり始めた。夜が近づいてきたのだろうか。ほとんど適温だった大気が、徐々に、しかし確実に冷えていった。
夜になれば月が出るかもしれない。そう期待して、美香は休憩がてら待つことにした。せめてそれまでに“生け贄の祭壇”があるという北の方角を見定めようとしたが、“子供のセカイ”に“真セカイ”の法則は通じないようだ。太陽も星もない、風さえ吹かぬこの場所で、東西南北を決めるのには無理があった。
(この山を降りるのも、一筋縄ではいかなそうね。)
周りの風景を見渡して、美香はふう、とため息をつく。しかし、心の焦りは消えてきていた。美香にはそれが一番気がかりだった。落ち着いている場合じゃない、早く耕太を助けに行かなければならないのに……。
その時、ふと思った。
舞子はどうしているだろうか?
こんなに長く一人で家を離れたことなどないだろう。今ごろ、寂しがっているのではないか。
美香は頭を振ってその考えを振り払った。
今は耕太の方が先決だ。耕太の事だけ考えてればいい……。
「――よしっ!」
美香は立ち上がり、月を探して歩き始めた。
道は闇に沈み込み、次第に見づらくなってきた。美香は服や体を枝にひっかかれ、思わず漏れる声をなんとか押し殺した。
夜の山は静かだ。
何の動物の声も、虫の鳴く声もしない。この山には緑というものがないから、そのせいかもしれない。
美香は少し迷い、急斜面を下っていった。月を探すのは時間の無駄に思えた。助けなどなくても、美香一人で十分……、
ズリッ。
「っ、きゃあっ!」
枯れ葉で足を滑らせ、美香は急斜面を転がっていった。痛い痛い痛い!!美香はぎゅっと目を閉じてできるだけ体を丸めた。身体中が傷だらけになり、転がる度に体が強く地面に打ちつけられる。頬が裂けて血の赤が目を覆った。体が止まっても、美香は何もわからなくなっていた――。