ミスリル。それは神が地上の民に与えし万物を司る力。
カルディア王国は、その力の均衡を保つ事で、戦乱のこの時代を切り抜けて来た。
十二人の選定者。
世界各地に散らばった彼らは、その多くが自分に与えられた力により破滅の道を歩みだそうとしていた。
敵国の軍勢が、城壁を破ろうとしていた。
躊躇している場合ではない。
街を見渡せるテラスへと歩み出たのは、まだ成人前の初々しさと、魅入られるような絶世の美貌の少女だった。
純白のシルクのドレスには、カルディア王家の紋章が金糸をふんだんに縫い込まれている。
カルディア王家の紋章は木蓮の花だ。
テラスで風に吹き付けられながら、アルファリアは両腕を広げた。
そして次の瞬間、その薄紅色の唇から歌が紡がれる。
返り血を浴びても尚、戦い続けていた敵兵達は、突然刃を己へと向けた。
アルファリアは静かに目を閉ざした。
そして虚空に手を差し延べると、次の瞬間、何かを潰すかのように手を握りしめた。
敵兵が一斉に自害して倒れ、辺りは血の海となった。
風に運ばれた濃い血の匂いを嗅いだアルファリアが、一瞬意識を失い掛けてよろめき、顔を覆うと、クツクツと不気味な笑い声が辺りに響く。
その声はアルファリアが発したものだ。正解には、アルファリアのもう一つの人格、フォルネウスの。
「陛下ッ」
慌てて部屋に踏み込んだデューイは、直ぐさまそれが彼女でない事に気付いた。
「フォルネウスッ!」
デューイは剣を抜き放つ。
紡ぎ手でない彼は力も使えなければ、接近戦も苦手な事を経験上知っていたからだ。
「守護者か」
フォルネウスは不適な笑みを浮かべると、テラスの手摺りに手を掛けた。
「待てッ」
言うが遅い。
アルファリアの身体は、高い城を真っ逆さまに落ちて行く。
慌ててテラスから身を乗り出したデューイの視界に、二対の純白の翼が羽ばたいて行く。
「アルファリア様」
デューイは悔しげに唇を噛み締めると、テラスを後にした。