人ごみを掻き分けて進む。駅に向かって進んでいるはずなのに、どうも逆行してかのような錯覚に囚われてしまう。それこそ濁流が如く、押し寄せる人の波は、彼にぶつかっては消えてなくなった。
しばらく進んでいるかそうでないか、その狭間にてもがいていた彼は、ついにもがくのを止めた。 ――あとは流されるのを待つだけ。
肩で息をしていた彼の目にしたものとは、停止に応じてその流れをもまた、止めた人の群れだった。水滴の一粒、一人の派手な化粧をした女が笑うなり、他の粒も一斉に笑みを浮かべる。
身が凍り、いざ動こうとしても一向に足は動かず、そればかりか手もまた、びくともしなかった。 緊張のせいか?
彼は肩で息をして、ヒューヒューと、苦しい呼吸音を響かせながら目を閉じた。途端に景色の瓦礫は崩れ、平常、目を閉じたときに訪れる暗闇とは別の、静謐たる暗憺が彼を包んだ。
考えるのは止そう。
体が崩れ落ちる。 やがて静かになる。