Fタワーに向かう一台のタクシーがあった。
後部座席に二人、助手席にも客を乗せている。
客は全員女だった。
運転手は50代後半の男だった。
個人タクシーで車種はプリウス。半年前に買い替えた新車だった。
運転手の坂元は上機嫌だった。
何せ、客の三人は皆、美人だったからだ。明らかに一般人とは違うオーラを纏った女達だった。
芸能人か…?訛りがないし皆、どこかで見た事がある。しかし、それを口にするほど坂元は野暮ではなかった。
そっとしてもらいたい時だってあるだろう。だから、田舎の温泉宿にいたのだと思っていた。
女の一人に指示されてドライブインに寄った。何故か女は、午後8時までそこに待機するように言った。
ラジオをつけ時報を聞いて8時になったら直ぐにFタワーを目指すように言われた。
何かイベントがあるのか、普段は人気のないドライブインに大勢の若者がいた。彼女達はてっきり、そこに呼ばれたゲストだと思っていた。
しかし、三人の美女は車を降りずにじっと8時まで待機していた。
そのうち、若者が乱闘を始めた。これには坂元は驚いた。直ぐに逃げようとした。商売道具の車を傷つけられては、かなわない。
しかし、リーダー格の女が言った。
「このまま待機しなさい。8時になったと同時に出発よ。大丈夫。ここなら安全だから、私の言うことを聞きなさい」有無を言わさぬ迫力があった。自分より遥かに年下の女に命令口調で言われたのに、何故か坂元運転手は腹が立たなかった。
むしろ、ほの暗い快感のような物を感じていた。この女の言うことなら何でも聞こう。この女の役に立ちたい。そんな気になった。
乱闘を尻目にプリウスは音も立てずにスッとドライブインを出発した。ハイブリッド車ならではの動きだった。エンジンをかける際のセルモータの音がしないのだ。
そしてFタワーまでは、順調だった。途中、警察が検問の準備をしていた。もう少し遅ければ検問にかかっていたかも知れない。
リーダーの女が口を開いた。
「坂元さん…。あなた素敵よ。この車も…」
「ありがとうございます」
「でもアヤさん。レースにタクシーで参加するなんてアリですか?」助手席の一番若い女が言った。
「問題ないわ。もうすぐ第一ゴールよ。そこでハッキリするから心配しないで」
アヤの目が妖しく光った。