「君もおいでよ」
その声は今でも鮮明に思い出せる。蝉と自分の泣き声で満たされていた世界に不意に差し込んできた木漏れ日のような声。
君とは僕が新しい幼稚園に馴染めず泣いていたときからの付き合いだっけ。まぁもちろん男女の付き合いってイミじゃない。せいぜい友達以上恋人未満。
「私高校卒業したら東京行くつもり」
楽しげに言う君に、僕はきちんと微笑むことができていただろうか。
「ちゃんと見送りに来てよね」
君の笑う声が聞きたくて、僕は嫌だと答えた。
「何、その顔!」
卒業式、涙を堪える僕を見て君は笑った。大げさに笑う君の目の雫、僕は気付かないふりをした。
その日はすぐにやってきた。今日のホームは人が少ないくせにやけにうるさかった。そんな事を考えていると、君が乗る電車がやってきた。
乗り込む君に、何も言い出せない僕。笑顔の君が振り替える。
「君もおいでよ」
不意に差し出される君の手。思わず握ったその手は、14年前のあの時のように柔らかく、あの時のように温かかった。