雪だけの世界で
雪だけがある世界で
そんな場所で生まれた。
目が覚めるといつものように起きて身支度を済ませた。部屋から出て階段を降りる。食卓についてまだ温かいできたばかりのパンと睨めっこ。
まだ寝惚けていた。
「之、冷めますよ?」
優しい声。ボーッとしながら顔をあげた。エプロンを身につけた兄が、目が合うとニコッと笑った。
「之は本当に朝が弱いですね」
苦笑いしながら、小さくいただきますを言ってパンを掴んだ。小さく千切って口に運ぶ。
時々、飲み物を飲みながら目の前の温かい朝食を完食した。
大分意識がハッキリしてきた。あくびをしながら席を立つ。
「之、気を付けてね」
学校に行くだけなのに、毎日兄に言われる『気をつけて』子供扱いされてるのかと腹が立つ時もあったが、もう慣れた。
いつものように軽くうんと言い、カバンを手にドアを開けた。
そういつものように
ドアを開けた。
一面雪しかなかった。
驚く間もなく、更に現実は奇怪に廻る。雪が盛り上がり山のように高くなると津波となって押し寄せて来た。
咄嗟に振り返った。やっぱりそこには地平線まで続く雪だけがあった。さっきまであった我が家はない。
影が体を覆った。振り返ろうとした瞬間、躰は雪にのみこまれた。
冷たい。冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい。
苦しいより冷たかった。
遠退く意識の中。
体は雪の中。
声が聞こえた。
お帰り。僕