「私は悪くないよね?」
「はい、神崎さんは悪くないと思いますよ。」
「そうよね。」
神崎信子は総務部長にのぼりつめた57歳のキャリアウーマンだ。
ということになっているというのが正しいかもしれない。
三ヶ月前離婚した。
夫が定年退職を期に別れてほしいと言い出したのは半年前。
いわゆる熟年離婚というやつだ。
私は悪くない。
信子は思った。
夫は45歳という中途半端に若い女と今は暮らしている。
夫の勤めていた会社の万年ヒラのような、地味な女だ。
夫は気が狂ったのかとさえ思った。
たかだか十四・五下の地味な女を、なんで私を捨ててまで、囲う必要があるのか?
なんなら二号さんが夫にいたっていい。
夫にもそれを伝えた。
お前のそういうところが嫌だとかなんだとか言って、私の前から去っていった。
私はあんな男いらない。
私は悪くないのだから。
信子はいつもこうだ。
何かにつけて、自己評価のできない女なのだ。
一人息子にも捨てられた事実に気付いてない。
「母さんは一人でやれるよね?母さんはすごいから。」
「そんなことないわ。そんなことより、あなた、彼女とどうなの?」
「実はさ、同棲しようと思って。」
「あら?」
「でね、俺が彼女のマンションに住むのがいいかなと。」
「は?」
息子はいつも信子を苛立たせる。
我が息子ながら、女々しい男だ。
五歳も上の女にいいようにされているにちがいない。
「幸子さんのいつも思い通りね。いつもあなたはそうやって・・・」
信子の話は際限なく続く。
「ねぇ、母さん?」
「なによ。」
「父さんがなんで出ていったか考えたことある?」
「考えるもなにも、あの人が女作って出ていったんじゃない。
何を考えるっていうのよ?」
「はー。」
「何よ。私が悪いっていうの?」
「母さんは悪くないよ。とにかく、俺は幸子と暮らすから。」
「勝手にしなさい。」
会社でもそうだ。