やけに嬉しそうな様子の王子の手をほどきながら、美香は疑わしげに尋ねた。
「一体どういうことなの?」
「僕たちは領域(テリトリー)を一つ抜けたんだ。光の子供である君なら簡単にできることだけど、僕は……いや、実際できたんだ。きっと不可能じゃなかったんだ、最初から!」
今にも踊り出しそうな様子の王子だが、美香には意味不明だった。ちゃんとあの時、“子供のセカイ”について老婆の話を聞くべきだったかもしれない。それより、こんな場所に来てしまったが、ちゃんと“生け贄の祭壇”には行けるのだろうか?
その旨を王子に尋ねると、「ああもちろんだよ。むしろこうしなきゃ辿り着けないんだよ。」と造作もなく意気揚々と答えた。
「それより、僕は自由の身だ。そっちの方がずっとずっとすごいことなんだ!!」
「自由の身って……あなた、何かに縛られてあそこにいたの?」
実はランプの精でした、なんて言わないわよね?
美香の怪訝な顔も気にせず、王子はにっこりと答えた。
「僕はああいう風景の場所とセットで想像されたからね。あそこが僕の生まれた場所で、僕の領域だ。だからあそこを出たら消滅してしまうかと思ったんだけど、そうじゃなかった。いやあ、勇気は出してみるものだね。」
王子はご機嫌な様子で手を広げてくるくると回り出し、突如――ばたん、と地面に倒れた。
美香が慌てて駆け寄ると、王子はむくりと起き上がった。
「大丈夫?」
「足って案外使うのが難しいんだね。僕は初めて地面に立ったんだよ。」
初めてのくせによくも回ってみたりするわね、と美香は内心呆れ果てたが、あることに気づいて、ん?と眉をひそめた。
「あなた、光ってないわね。」
「失礼な。僕はいつでも光輝いてるだろ。」
「そうじゃなくて、体が発光しなくなってるってこと。月も消えてるし。」
王子はああ、と何でもないことのように頷いた。
「それが僕の『犠牲』だったんだよ。だから解放されたんだ。」
美香は顔をしかめた。また『犠牲』なの……!?一体何度聞けばいいのだろう。この世界に入るのに耕太が犠牲になり、連れ戻すには美香が何かの犠牲を払わねばならず、今また犠牲を払って、月王子が領域を越えた。なんて、なんて憎たらしい言葉なんだろう。