「木月海斗、十七歳。ほぉ。なかなか現実の彼も魅力的だ」
書類に目を通した出雲は、フレーム無しの眼鏡を机の上に置いた。
「先輩知らないんですか?如月海斗って名前で彼、一番人気のモデルですよ!それにしても、大財閥の木月家の跡取りが、余裕ですねぇ。先週はあの一件もありますし」
「饒舌ですねぇ。木下君。でも饒舌が命取りになる場合も、ありますよ」
先週からNOAHコーポレーション本部は騒がしい。
「よりにもよって、彼ですか。茨姫は面食いのようですね」
「冗談言ってる場合じゃないですよっ!コアの制御系、完全に主導権支配されてもう何日だと思っているんですか!全国から苦情が殺到して・・」
「皆はまだ知らない。アレが解放された今の現状を」
出雲が目を細める。
「逃げないで海斗」
「百合亜どうしてここに君がいるんだ!?」
「だってここは、私の・・子宮(なか)だもの」
「うわぁッ!」
慌てて跳び起きた海斗が顔を覆う。
寝汗が薄着に張り付いて気持ちが悪い。
着替えようと寝台から起き上がった海斗は、痛みと同時に右眼を押さえた。
「一体どうなってんだよ、俺の身体・・」
押さえた指の合間から伝う鮮血が、床にポタリと落ちる。
その時だった。
落ちた一滴の血の雫が、赤い閃光を放った。
途端、床一面に魔法陣が浮かび上がる。
海斗にも見覚えのある図形。
見開いたその瞳に、異形の神が姿を表す。
(海斗)
脳裏に彼女の声が響く。
「百合亜」
声はそのまま力となった。
目の前で、肉片と青い血が飛び散った。
よく見慣れた光景。
だか、それは現実では起こりえないはずの出来事だった。
それが今、目の前で起こったのだ。
ゲームの中で起こっても、普通でしかない光景。
そして今、その真っ只中、海斗の零した血の一滴の上に「彼女」は立っていた。
生身の身体で。
「どうして・・」
海斗の問いに笑みが返る。
「海斗」
女神のように美しい美の化身は、血肉を踏み付けた。
恍惚の瞳で。
「お帰りなさい。海斗」