座るよう促された子猫は 猫の背後の隙間を通って奥の席に腰をおろしました。
死角になっていた猫の脇に笛筒が下げられていたので、どこから笛を取り出したのか不思議だった子猫は真相を推察できました。
?、なんだ?わざわざ そんな狭いとこ入って。
猫が隙間を好むから、という訳ではなく子猫には明確な理由が あったのです。
見つかったらマズイ猫が いるんにゃ。それより早く笛のこと教えてほしいにゃ。
子供ならではの率直さに やっぱ やめようかなと思いつつ、猫は無防備に首を龍笛へと延ばす子猫の鼻に自らの鼻を軽く触れさせました。
ぴ!
子猫は鼻の先から尾にかけて、草原を一陣の風が吹き抜けてゆくかのように 毛を逆立て、目一杯開いた手の平のニクキユに ぶわっと汗をかきましたが、一方の猫は一切 気にした様子がありません。
鼻キッスは猫同士の 挨拶ですから 猫は結構 慣れっこなのでした。
この笛は<りゅうてき>と言い都の式典の際に奏される雅楽を構成する音の一つだ。
その典雅な風情は、いにしえの佳人にも賞賛たらしめた 古式ゆかしい横笛だ。って、きいてるか?
ぅ、にゃ...
今回が よもや子猫の初鼻キッスだったとは思いもよらない猫によって 子猫の初鼻キッスはあっさり さっぱりスルーされたのでした。
その首に下げてるのは 違うのにゃ?
ああ、違うな。
これは我が里に伝わるホイッスルだ。
一匹が多数に号令をかけるときに使う。
はあ...
何故か得意げな猫に なんと返せばよいか分からず 逡巡する子猫の鼻に過去の記憶を惹起する 特定の においが届きます。開け放たれた戸から吹き込んだ外気と共に運ばれて来たにおいです。
!
店内の ほの暗さに合わせて瞳孔も開き気味だった子猫の網膜に、かつて自分に またたび入りマッチを行商させていた猫の姿が映ったのでした。
?、おい どうした?何してる。
もそもそと隣の猫の影に隠れようとする子猫の不審な様子を いぶかしむ猫に子猫はヒソヒソと答えました。
さっき言った見つかったらマズイ猫にゃ。通り過ぎるまで壁になってにゃ。
と、いう子猫の懇願は虚しく棄却されます。
残念だが、あいつは おれの連れだ。