「神輿の件で、文化祭延期だなんて信じられない」
口々に女子がぼやくのも無理は無い。
戒音はあの騒動で駄目になった書類の後始末に自習の時間を費やす羽目になり、深い溜め息を漏らす。
何故、神輿が崩れたのか原因はわからない。
「失礼しました」
臨時職員室から出た戒音は、もう夕暮れを過ぎて暗くなった校舎に取り残され、慌ててクラスへ戻る為に階段を駆け上がった。
もう随分外は薄暗い。
帰る頃には真っ暗だなと覚悟してクラスに入った戒音は、意外な相手と顔を合わせる。
「花音君?」
暗闇でもはっきりとわかる青銀色の髪が、振り向くと同時にサラリと肩から滑り落ちる。
「遅いから心配してたよ」
彼からそんな言葉が出るなんて予想していなかった戒音は、苦笑する。
「どうしたんですか?瀬条君」
「花音って呼んでくれるかな」
真剣な声音に、じわりと手に汗をかいた。
こういうパターンは何度も経験して来たはずだった。
だけど駄目なのだ。
「戒音」
心臓の音がうるさい。
今すぐにこの場から逃げ出したかった。
「僕は・・」
「やめて下さいッ!」
戒音の異変に、花音は言葉を飲み込む。
座っていた机の上から降りて、ひそかに拳を握った。
「じゃあ、気をつけてね」
花音が教室を去るなり、ガクンと戒音は膝を突いた。
もし、あのまま彼が去らなかったら、またああなったのだろうか?
両腕で身体を抱きしめて、戒音はうずくまった。
いつまでそうしていただろうか。
月が頭上高く昇る頃、窓際で靴の音がした。
彼が来たのだ。
「苦しそうだね」
舞い散る漆黒の羽の中、ゆっくり近寄って来る。
戒音はすがるように彼に顔を向けた。
「クレイ」
美を具現化したような存在。
髪も瞳も、その背にある翼さえ闇で塗り潰したかのような、闇の化身。
「もう大丈夫だよ」
そっと黒衣に包まれて、戒音は安堵する。
「飢えが迫っているんだね?」
言うなり、男は爪を手首に突き立てた。
滴り落ちる真紅の血を、戒音の唇に近付ける。
「飲みなさい」
だが、戒音は首を横に振る。
「私には出来ない・・」
「まだ人でいたいのか」
人ではないモノ。
「もう私は待たないよ」
言うなり、強い力で戒音を戒めた。
首に頭を埋めると、男は残酷にも鋭い牙をその首に埋めた。