2-2 椿
抄司郎の時が止まった。
女は落ちた刀を拾い上げ付いた血を丁寧に拭き取っている
[可哀想な人。]
女のこの言葉が何度も思い出された。
― 自分は可哀想な人間なのだろうか?
こんな事は,
今まで考えたこともなかった。
あまりに難しい問題に悩まされそうだ。
『おい,そこに居るのは誰だ!?』
京右衛門の仲間らしき人物の声で,
抄司郎はやっと我に返った。
『人斬りだ!!お前達,
出はえ!!出はえ!!』
絶命している京右衛門を見て何者かが指図をすると,20人程の侍が,
闘志剥き出しで駆けてきた。
さすがの抄司郎も,
不意を突かれて勝ち目がないと感じたのか,
刀を抱えた女の手を強引に引き,
急いでその場を去った。
†
現場から,
少し離れた河原に来た。
女は素直に抄司郎の後に付いて,未だ刀を抱えている。
女の正体は分からない。
暗闇で顔もよく見えなかった。
だが,犯行を目撃されたからには,
生かしておく訳にはいかない。
抄司郎はもう一本の短刀に手をかけた。
次第に月明かりが地上を照らした。
刀がその光を不思議な程に跳ね返す。
やっと互いの姿が見えるようになった時,
抄司郎は驚きで言葉を失った。
女の左頬に,大きな刀傷があったのだ。
四年前,盲目の娘を斬りつけた時と同じ傷だ。
[何としてでも斬れ。]
いつだか武部が言った言葉が蘇った。
― 斬らなければ‥。
そう思うのだが,
抄司郎は,
斬る事に踏ん切りがつかないでいた。
女は,
盲目ではなかったのだ。
いや,それよりも,
女があまりにも美しかったからだと言った方が,
正しいだろう。
≠≠続く≠≠