「夕樹さん、俺に届いたあの手紙を届けてくれたのは、ここにいる嶋野さんなんだ」
「あなたが…」
「ああ、そして、この人は、お兄さんなんだ」
「え?お兄さん」
幸子の驚く顔を見て、勇一は続けた。
「夕樹さん、驚くのも無理ないと思うんだ。同じような形で、しかも俺の場合は15年の空白があるからね…でも」
「でも?なんですか?」
「そうすることが、彼女の願いだったんだ。自分の病気で俺に悲しい思いをさせたくないって…」 「それで…それで良かったんですか?
荒木さん、荒木さんは、今幸せですか?恋愛的に?」
幸子の質問は、勇一にとっては、痛い質問だった。
「あっ、ごめんなさい。つい…」
「いや、いいよ。残念ながら、その部分では幸せではないよ。正直、俺はもっと早く別の恋愛をしていた方が、良かったのかもしれない。
…でも、ずっとわだかまってたんだ。
心のどこかで、由美の消息を知りたいって」
「そんな…」
「正直、15年も何してんだと思うかもしれない。…でも、嶋野さんは、俺以上に辛かったと思うよ。」
嶋野は、勇一の言葉に申し訳なさで、いっぱいだった。
「いえ、俺は…妹の願いとはいえ、荒木さんを苦しめてしまった。」
勇一は、首を横に振った。
「嶋野さん、俺は正直、あなたに会った時、複雑な思いがしたのは事実です。
ですが、由美の願い通りに手紙を届けてくれた。それで充分です」
嶋野は、深々と頭を下げた。
「夕樹さん、俺と同じ考えでいてくれとは言わない。…ただ、ここにいる森田さんもまた、2年間辛かったと思う。」
「すみません。2年間もすみません」
紀子の頭を下げる姿に、幸子は納得した訳ではないが、手紙を受け取ることにした。
「手紙…受け取ります。私を探してたんですよね?…でも不思議な巡り合わせですね?同じような立場の人が、こんな形で会うなんて…まるで…」
幸子は少し間を置いた後、続けた。
「まるで、見えない何かに導かれているみたい…」
勇一もそう思っていた。
この偶然は、見えない誰かの思いが、導いたものではないかと…
「じゃ、私帰ります。森田さん、荒木さんの言うように、私まだ、あなたには複雑な思いでいっぱいです」
そう言うと、幸子は去っていった。