花鼓の居る病院の
向かいのビルの屋上。
一人の少女が
艶やかな黒髪を
風になびかせている。
真龍は、
腰丈しかない柵に
半身を預けて
空を見ていた。
足元に置かれた
白い鞄の中で
携帯電話が鳴った。
「真龍か。」
「うん。」
名乗るより早く
畳みかけられた。
薄い携帯の向こうで、
小刻みに揺れる
肉の塊が
見える。
「大丈夫。
今日はちゃんと
仕事、してる。」
気が急くと
貧乏揺すりをするのが
晴牧の癖だ。
「期限が
迫っている。
分かっているな。」
豊かな太ももが
揺れると、
自然、
太もも以上に豊かな
腹も揺れた。
「うん。
偽視体は見つけた。」
真龍は、
その揺れる肉の塊を
こっそり「ハムマキ」
と呼んでいた。
「本当か。」
ハムマキが、
勇んで
席を立つ音がした。
「明後日までに
K31まで
誘導出来るか。」
「無理。
key01が
ずっと一緒に居る。」
「姿さえ
目撃されなければいい。」
どうして
分からないの。
真龍は
ため息をついた。
「偽視体だけで
誘導は、無理。」
先月の報告会から
何度も
繰り返した台詞を
繰り返す。
「本体発見から
誘導まで、
最低7日。」
いや、
ハムマキのことだ。
分かっていながら
無理を通すのが
自分の仕事
と思っているのだ。
「やつらが
何キロあるか
分かってるの。
300キロよ、
300キロ。」
真龍の中で
何かが
煮えたぎっていた。
50キロの脂身と、
300キロの
鉄の塊の間で
私は孤立無援。
「MLSじゃないんだし。」
晴巻の返事も訊かず
電話を切った。
空は綺麗だけど、
今日はちょっと
暑過ぎる、と真龍は思った。