「ちょいと小耳に挟んだ話だけどな」
ふらりといずこともなく出掛けていた結城兵庫ノ介の義兄、立川右京が思いがけない情報を仕入れてきた。
「あの平間って野郎は、おめえの事を仇(かたき)だと息まいてるみてぇだぜ?
事によると、平松玄斎の舎弟ってェのもあり得るな」
「ふぅむ、…なるほど。
それがしを討つための人数にござったか」
「おおよ、おそらく平間元次郎てェのは変名で、平松の身内だァな」
兵庫ノ介は、右京と出会った若かりし頃を思い出していた。
『おお? …何だテメエ!俺様の真似なんぞしやがってこの野郎!』
『そこもとの真似にはござらん。 兵法者はいずれもかような物にござるよ』
『やっかましいやいっ!』
奇しくも、二人は黒染めの袖無し羽織に伊賀袴。
皮巻きの柄に鉄拵え(てつごしらえ)の太刀を背負い、兜割り(十手に似た武器)を帯にたばさんでいた。
まさにうり二つの出で立ちである。
しばし睨み合った後、どちらともなく笑いだした二人はここで意気投合し、武州まで連れ立って旅をする事になる。
「確か、三河辺りの旅籠(はたご/旅館)で平松玄斎が絡んできやがったよな」
「いかにも。 義兄上は災難にござった」
「同じ格好風体のおめえを見て魂消(たまげ)た玄斎のやつ、あっさりと兵庫に片付けられたんだったよな?」
「すくみの術の弱みは、そこにござるでな」
いつの間にやら思い出話に花が咲いていた。
「ときに義兄上、その話はいかにして聞き申した?」
右京は悪タレ小僧の笑みを満面に浮かべた。
「決まってらァな。
小生意気な浪人に喧嘩ふっかけて、ゲンコツで優しゅう尋ねてやったのよ」
「…あい分かり申した」
「何だよ兵庫、何笑ってんだ?」
相も変わらず血の気の多い右京に、兵庫ノ介は思わず笑いが込み上げていた。
ちなみに、立川右京は和術(やわらじゅつ)の達人である。