イブが俺の方に近づいてきた。
それから彼女は、物珍しそうに俺を見た。それもそのはずで、彼女は自分以外の人間を初めて見たのだ。
すぐに引き金を引いてもよかった。でも俺は躊躇していた。
彼女を殺してしまえば、全人類はいなくなるのだ。
イブは歴史上最初の人間であり、ほとんど、あるいは全ての人間はこの女性から生まれるはずだから。
当然そうなると、俺自身も消えて、はじめからいなかったことになる。
それは恐ろしいことだが、人間を消せるなら悔いはない。
俺の人差し指の、ほんの少しの力で、人類は消えてなくなるのだ。
改めてイブを見た。彼女も俺を、優しい目で見ていた。
こいつが俺らの生みの親なのか、と思うと何か重みを感じた。
世界中の人間はこいつがいるからこそ、生きているのだ。
人間みんな家族なんだな、と訳の分からないことまで考えていた。
とうとう俺は、銃を地面に捨てた。
イブに対する罪悪感、すなわち全人類に対する罪悪感が俺を襲った。
俺は悲しみの涙を流した。
突然イブが、静かにそっと、俺を抱きしめた。
ちょうど幼い頃、母にそうしてもらったように…。
本当に温かかった。なぜか安心した。
死ぬまでここにいよう、と俺は心に誓った。
ついに、俺とイブの間に命が生まれた。
次第に賑やかになっていき、木や土で家を造るようになった。
そして俺は、以前自分がいた、遠い未来を想像した。
目の前の風景が、いつか、あんなふうになるのかと考えた。
ビルや車や遊園地や…。
こうして人類の歴史は始まった。
ー終わりー