「あ……、」
ありがとう、と言うべきなんだろう。美香は王子のお陰で左腕を失わずに済んだのだ。しかし、実際に目の前で奇妙な姿勢でうつ伏せに横たわり、徐々に広がっていく血の池に沈んでいる魔女の死体を眺めていると、とてもそんなセリフは言えなかった。ただ吐き気が込み上げた。おぞましく、汚ならしい。全てすべてスベテ。魔女も王子も剣も火かき棒も美香自身さえも――。
「美香ちゃん。」
王子の心配そうな声でハッと顔を上げると、王子は悲しそうに顔を歪めていた。
「僕は魔女が大嫌いだ。」
「……?」
なぜ、何度も同じことを言うのだろう。
「魔女はいつも王子を利用する。その性質は大人も子供も変わらない。たとえ小さな魔女の子であっても――。」
美香はぞくりとした。王子の後ろからおずおずと顔を出した小さな人。その両手はほのかに光を帯び、光は王子の体へとつながっている。王子の剣が光っているように見えたのは、剣を鞘に納める王子がやけにぎこちなく見えたのは、見間違いではなかった――。
「リリィ……。」
リリィは決まりが悪そうに笑った。実の叔母を殺した後の姪っ子の姿には見えなかった。いや、実際に手をかけたのは王子だ。リリィは自分の手を汚すことなく、王子を操って大魔女メガーテを殺させたのだ……。
「えへへ、叔母さんを倒しちゃった。」
リリィの照れたようなはにかんだ顔が、やけにこの場には不釣り合いに感じた。「倒した」ということが「殺した」という意味だとわかっているのだろうか。死んだ人間は決して帰ってはこないのだと知っているのだろうか……?
美香は何も言わなかった。ただ本能がリリィを嫌悪していた。美香の目付きにそれを見て取ったのだろう。リリィは急に泣きそうな顔になり、両手からフッと光が消えて魔法がとけた。王子はがくりと片膝をついた。
「美香、怒ってるの……?」
「……。」
「ご、ごめんね、すぐに助けられなくて!叔母さんがなかなか隙を見せないから手が出せなくてっ……!」
美香は急速に気持ちがしぼんでいくのがわかった。もう、手遅れだ。リリィが何を言っても大して意味がなかった。この子は魔女だ。最初から王子の言うとおりだったのだ。魔女というものの本質――少なくとも“子供のセカイ”においての魔女の本質が、どういうものなのか、なぜ王子が怯えていたのか、そのわけがようやくわかった。