花鼓のいる病院。
一階ロビー。
真龍は
正面の玄関から
堂々と入った。
長く艶やかな黒髪が
颯爽と歩く肩の上で
ゆれる。
待合室に座る幾人かが
ふり返り、
のぼったばかりの
朝日を受けた
朝顔のように
わずかに顔を輝かせた。
小さくとも
花をみると、
人は、和む。
人混みの中に入って行くとき
いつも見るこの反応に、
真龍は一種の生きがいを
感じてた。
ただ、
早朝の混み合う待合室。
振り返る余裕のある者は
数えるばかりだった。
病院特有の
内にこもる苦悩が
多くの人々を
縛っていた。
磨き上げられた
木目調の壁と受付台。
ゆったりと座れる
ベージュのソファ。
淡いピンクの床。
軽い苛立ちなら
即座に中和してくれる
内装も
万能ではなかった。
「初診でいらっしゃいますか。」
玄関の脇に
4、5台備え付けられた
受付用の機械の影から
病院の職員が
真龍に声を掛けた。
「いえ。」
短く答え、
少し離れたソファに
身を沈めた。
どうやって
本体を探し出そう。
一人悩む真龍の前を、
苦悩からの解放を
目指す人々が
忙しげに行き交っていた。
2階、一般病棟。
215号室。
一気に溢れ出た水は
少しずつ引いていった。
「ありがとう。」
温もりを求める心を
抑えて、
花鼓は
明広から身を離した。
目と目があう。
自分のことを
心から心配してくれる
深く優しい眼差し。
唇にふれたい衝動を
目を閉じて
こらえる。
点滴のついていない右腕が
優しさの侵入を
拒んでいた。
「私、明広に
言わないといけない
ことがある。」